定本佐藤春夫全集第10巻に掲載されている山之口貘の話「放浪三昧」

山之口貘という沖縄の詩人がいる。

とても平易な言葉で、生活のことやら気持ちのことやらを詩で見事に描くことができる人である。

フォークシンガーの高田渡などが、彼の詩を歌にしたりして、少し有名だ。

高田渡の『生活の柄』は、その1つで、山之口貘の詩を歌っている。

最近、なにかの拍子に、山之口貘の詩を歌っているアルバムなどをさがしていたところ、発見があった。

 

なんと、文豪の佐藤春夫が、山之口貘のことを書いた文章があるというのだ。

それが定本佐藤春夫全集第10巻に掲載されている「放浪三昧」という話。

副題として、ある詩人の話、とある。

 

当時、山之口貘は、ときどき佐藤春夫の家を訪問していたらしい。

出版社に紹介してもらうのが主な目的であったようで、その目的はなかなかうまくは達成できなかったが、当時、すでに文豪であった佐藤春夫氏と話すのが刺激にもなっていたようだ。

 

佐藤春夫氏も、憎くは思っていなかったようで、人柄、才能をみて、家にあげていた。

また、人への紹介として、自分の名刺の裏に、「この人物は風体はいかがわしいが、善良な市民であり、天分がある詩人である」という意味のことを記して、山之口貘に渡している。

 

そのような状況で、ときどき訪問してくる山之口貘の話を書いたのが、この「放浪三昧」である。

15ページほどの文章である。

 

当時、山之口貘は針灸の先生と一緒に3畳の部屋で暮らしており、針灸の免状をもっており、針灸の道具を持ち歩いてた。

佐藤春夫にも針灸をしてさしあげようと申し出たようだが、あまり強くは薦めなかったという。

 

土管の中で寝て暮らすなど放浪生活の具合を佐藤春夫に四方山話したようで、そのようすがのんきそうで面白い。

文章中には「生活の柄」という詩も掲載されている。

 

山之口貘の生い立ちについても書いてある。

父はもともと銀行員で、20年ほど勤めたが、八重山で漁師たちの稼ぎが良いのをみて目がくらみ、漁師に投資して失敗してしまったらしい。

そのせいで、山之口貘養子に出されそうになったので、家出をして那覇(当時は首里といっていたらしいが)にでて放浪生活をする。

ズリとよばれる琉球の遊女に優しくされてヒモのような身になるが、それもままならず、また放浪生活へ。

その後、周囲の援助もあって、上京することになる。

ほれた女のために19歳から21歳までコーヒー店に通い詰めた話があり、女には結婚拒否をされて、女は別の男の許嫁になったが、ときどき会って話をしている、というところで話は終わっている。

これは「ルンペンの恋」という詩になっているらしい。

 

ああ、なるほど、山之口貘の人となりは、きっとこんな感じなのだろうなあ、とよくわかる文章で面白かった。

 

獏 詩人・山之口貘をうたう Original